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もっと知ってほしい!どりいむが思う率直なところ

私たちは不妊治療をしてきてよかった 〜どりいむをはじめるきっかけ〜

2015.11.17

「どりいむ」二人の写真 私たちは今、カウンセリングや助産師、保育園の事業を総合的に行っています。
どうしてそんなことをしているのか?
今はサポート側に立っていますが、私たち夫婦もたくさん葛藤してきました。
これは、「どりいむ」立ち上げに至るまでの私たち夫婦のお話です。

節子43才、修平38才ではじめた不妊治療

私たちは、過去に4年半に及ぶ不妊治療を経験しています。
結婚した時、節子43才、修平38才。結婚前に話しあって、不妊治療を始めました。簡単ではないと思っていたけれど、妊娠できないとは思っていなかったから。

半年のタイミング法、人工授精を経て、専門病院での体外受精。
節子は、専門病院への通院時間や体の痛みに耐え、職場の人に頭を下げて、病院に通っていました。
でも、何回も「残念ですが」という言葉を聞きつづけると、感情のスイッチを切るようになってしまいます。
しばらくすると、自分の子宮と卵巣をナイフで切り裂く恐ろしい夢を見て眠れないようになりました。

一方修平は、当時IT企業で働くサラリーマンで、妊娠や出産の情報はほとんど持っていませんでした。
どんなに忙しくても採精には協力したし、判定が出た日には励ましたし、治療方針についても話を聞いていました。
自分のことを、協力的な夫だと信じていて、プレッシャーにならないよう「どんな結果でも受け入れるよ」という姿勢でいました。

お互いの気持ちに気づけなかった4年間

当時、節子は夫の言葉をやさしいとは思えませんでした。
どうしてこの人は冷静なんだろう。わたしはこんなに打ちのめされているのに。
自分の意見は、主張はないの?
妊娠できない自分の申し訳なさで言葉にできない感情を、態度で示してしまっていました。

一方修平は、妻のやりたいようにするのが一番だと思い込んでいたので、節子の気持ちには気づけませんでした。

治療をはじめて、4年。ある結果報告の日、節子のどこにもいけない気持ちが限界に達してしまいました。
堰を切ったように泣きながら、恐ろしい夢の話をする節子に、やっと修平は「妻のかかえるつらさをわかっていなかった」と実感しました。

それから、ふたりはたくさん話し合いました。ケンカと言ってもいいかもしれません。
節子は自分の思いを言葉にしてきちんと伝え、修平は自分なりの意見を伝えました。
「私たち主導の治療をしよう」
そう思ったころ、修平の転勤が決まり神奈川県に引っ越すことになりました。

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どりいむについて
「夫婦やカップルの人生に寄り添う」ため、様々なライフイベントや子育てのこと、女性の自立支援など、多岐に渡る活動をしています。
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